Dr.宮良

「和」その11

今日12月1日は、私には、思い出がつまった素晴らしい日だ。平成元年の今日、妻の薬指 に指輪をはめることで、新生宮良一家が誕生し、翌年初めての子を、この手に抱きながら、親としての責任を自覚した日である。そして私が、宮良クリニック で、ただひたすら乳がん治療にのめり込むことができるのは、美代子クリニックの存在があればこそである。そのオープンの日が3年前の今日なのである。ただ 感謝あるのみである。

「和」の最小単位は「家族」ではないだろうか。「家族」の「和」無くして、大きな「和」は語れない。
コラムも終わりに近づいてきた。今回は私の「和」の原点"宮良家の人々"を、少しとりあげて、心のつながりを探ってみたい。

小浜島で、祖父母の一心に孫を愛する姿をみた。島を離れる日、トラックの荷台に乗って、船着き場へむかう私の姿が見えなくなるまで、走りながら、いつま でも手を振っている祖母の姿が、ついこないだのように、鮮明にまぶたに浮かぶ。明治44年生まれの祖母は今も健在だ。

石垣島で、父は威厳を持ってわれわれに接し、対する母は、笑顔を忘れないこと、真摯(しんし)に生きることを実践し、4人の子供はその背中をみて育っ た。「勉強しなさい」とは言われなかった(たぶん)。姿勢を正して食事すること。ちゃんと挨拶(あいさつ)をすることなど、人として当然のことを厳しく諭 された。

宮良クリニックの開院式で、母が私に歌を披露してくれた。「空高く 舞い立つ鳥に光りさし、姿うるわしく飛びて行かん」。さらに妻美代子にも「夫婦鳥 (めおとどり) 仲睦(むつ)ましく高く飛べ、翼の長さ倍に広げて」。母の深い愛情に涙した。ありがとう。かあちゃん!

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年12月1日(木)
琉球新報夕刊掲載

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