宮良クリニック 乳がん検診・乳腺外来・甲状腺外来

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Dr.宮良の大きな声で!!
 
患者主体の診療を チーム医療の実践報告

チーム医療の実践報告

乳がん診療の現場ではチーム医療が取り組まれつつあるが「主体であるべき患者が取り残されているのではとの思いから、患者のためのチーム医療を考えるため」(宮良球一郎・宮良クリニック院長)今回の企画となった。

会では、乳がん診療のチーム医療に関し、県内四病院五十七人の患者に行ったアンケート調査結果を宮良院長が報告。患者の四割がチーム医療を知っていたが、チーム医療が実践されているか気付かない患者も三割いた。

主治医以外に相談したい人は 1.看護師 2.エコー検査技師 3.薬剤師  、不安や悩みの解消のためスタッフにかかわってほしい時期は 1.乳がん 診断後、検査を経て最終治療方針が決まるまでの間 2.治療方針を説明された時 3.抗がん剤治療中  の順で多かった。
今、抱えている不安では 1.再発、予後 2.副作用 3.経済的問題、家族のこと の順で多かった。

会では、医師から「薬剤師が病棟に常駐し、抗がん剤を使う患者に副作用などを説明することで、患者の受ける情報量が増えた」(東京医大医師)「医師と直 接話しづらい場合の橋渡し役が必要。患者の不安を看護師が聞くことで不安が解消できる」(関西大学医師)などチーム医療の意義が報告された。患者も「(流 大病院に)科学医療法室ができたことで治療時間内に専属の看護師に相談でき、チーム医療を肌で感じている」と歓迎した。

一方「乳腺外科医一人で患者を見ていた時は、夜中に呼び出しの電話があっても誰のことか分かったが、チーム医療では患者の顔を思い出せないこともあり、 連携の難しさを感じている」(広島市民病院医師)「抗がん剤治療中の患者は治療中にじっくり話を聞けるが、外来患者の不安解消ケアへの対策が課題」(宮良 クリニック看護師)など課題も出された。抗がん剤治療中の患者からは「患者が一番信頼しているのは主治医。患者からは他の専門医にどうアプローチしていい のか分からないので、主治医が他の医師や医療スタッフにつなぐ役を務めてほしい」との声も。

医師側は「主治医の判断で医療の判断を誤るのを防ぐためにチーム医療はあるが、医師や医療スタッフの中で患者が迷子にならないことが大事。患者中心の医療を提供する在り方を全国に広め、乳がん死亡率ゼロにつなげたい」(広島市民病院医師)と結んだ。

7割が選択肢を希望
ファイザー調べ 医師に説明求める

乳がん患者の七割は、治療方法や薬を決めるとき、複数の選択肢について医師から説明を受けることを希望しているが、実際には希望道りでないケースも多いという調査結果を製薬会社ファイザーが発表した。  五年以内に乳がん手術を受けた二十〜五十代の女性百九十人を対象に今年二月、医師と患者のコミニュケーションについてインターネットで調査した。

治療法を決めるときの望ましいあり方では「治療方法や薬はすべて医師に任せる」が3.7%、「医師が最良と思う治療方法や薬の説明を受けて患者が同意」23.7%で、基本的に医師に任せる立場が27.4%となった。

一方「医師が複数の治療方法や薬を説明し、うち医師が最良と思うものの説明を受けて患者が同意」28.9%、「複数の治療方法や薬を説明し、患者が医師 と相談して決める」40.0%、「複数の治療方法や薬を説明し、判断は患者に任せる」3.7%と、計72.6%が複数の選択肢を説明された上での決定を望 んでいる。

ところが、複数の選択肢を希望していた人のうち38.4%は理想と現実が違ったと回答。「複数の選択肢の説明がなかった」「説明は受けたが相談されなかった」「自分で決めるよう言われなかった」等の理由を挙げた。

また最近半年間の診療の際、自分から治療方法などを医師に話したことがないのが55.8%と過半数。理由は「何かあれば医師から話してくれる」「自分に知識がない」などで、医師への信頼とともに受身になりがちな側面も浮かび上がった。



「和」その12

「和」新たなる旅立ち

浦添の地に、「女性のための乳腺・甲状腺専門クリニック」をオープンして8カ月がすぎた。私のライフワークである「乳がんの早期発見と正しい診断・治 療」を、新しい発想で、スタッフと力を合わせて実践するため、本当にゼロからのスタートであった。ありがたいことに、患者会、地域の病医院や患者さんの家 族の協力の下、多くの乳がん、甲状腺がん患者と、何度も言葉を交わすことができた。「よろしくお願いします」「ありがとう」「頑張ります」「よかったね」 一緒に笑い、一緒に涙しながら。

当院のメーンテーマは「和」を大切にすることである。「南風」では、和にこだわり、和について自分の考えを展開してきた。当院の待合室には、穏やかに、 そして確実に時を刻んでいる柱時計がある。その下には、送り主のネームプレート《日本乳ガン学会理事長 坂元 吾偉(さかもと ごい)》。

私を乳がんの世界に引きずり込んだのは、前癌研附属病院乳腺外科部長の霞富士雄先生であるが、乳腺学を志す人は、礼儀をわきまえなければならない! と 教えてくれたのは坂元先生である。先生は、癌研究所乳腺病理部部長であり、その部長室に居候していた私は、顕微鏡を通して、乳がんを診断する眼に加え、一 流の人間を見極める眼をも学ばせてもらった。だから時々、柱時計を眺めては、和を大事にする人たちと一緒に、いつまでも乳がん診療に没頭したいと決意を新 たにしている。

この6カ月間「南風」を通して、さまざまな出会いを経験し、あらためて喜怒哀楽の感情を表現することの大事さに気付いた。感謝したら素直に「ありがと う」と言おう。みんなに「和(なご)み」を与えられるから。そして今日も私は、イメージカラーのピンクのシャツを着て、外来で患者さんを迎えよう。和を大 切にして。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年12月16日(金)
琉球新報夕刊掲載



「和」その11

今日12月1日は、私には、思い出がつまった素晴らしい日だ。平成元年の今日、妻の薬指 に指輪をはめることで、新生宮良一家が誕生し、翌年初めての子を、この手に抱きながら、親としての責任を自覚した日である。そして私が、宮良クリニック で、ただひたすら乳がん治療にのめり込むことができるのは、美代子クリニックの存在があればこそである。そのオープンの日が3年前の今日なのである。ただ 感謝あるのみである。

「和」の最小単位は「家族」ではないだろうか。「家族」の「和」無くして、大きな「和」は語れない。
コラムも終わりに近づいてきた。今回は私の「和」の原点"宮良家の人々"を、少しとりあげて、心のつながりを探ってみたい。

小浜島で、祖父母の一心に孫を愛する姿をみた。島を離れる日、トラックの荷台に乗って、船着き場へむかう私の姿が見えなくなるまで、走りながら、いつま でも手を振っている祖母の姿が、ついこないだのように、鮮明にまぶたに浮かぶ。明治44年生まれの祖母は今も健在だ。

石垣島で、父は威厳を持ってわれわれに接し、対する母は、笑顔を忘れないこと、真摯(しんし)に生きることを実践し、4人の子供はその背中をみて育っ た。「勉強しなさい」とは言われなかった(たぶん)。姿勢を正して食事すること。ちゃんと挨拶(あいさつ)をすることなど、人として当然のことを厳しく諭 された。

宮良クリニックの開院式で、母が私に歌を披露してくれた。「空高く 舞い立つ鳥に光りさし、姿うるわしく飛びて行かん」。さらに妻美代子にも「夫婦鳥 (めおとどり) 仲睦(むつ)ましく高く飛べ、翼の長さ倍に広げて」。母の深い愛情に涙した。ありがとう。かあちゃん!

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年12月1日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その10

7月から人間性を重視した「和」の大切さを追求している。「和」は仲良しクラブではない。前向きな協力が「和」をはぐくんでいる。

乳がんは、一般の外科医が片手間に治療できるほど生易しいものではない。だからといって乳腺外科医1人でも正しい治療は行えない。 優秀な放射線技師、検査技師が撮った画像で診断し、細胞検査師や病理医の手で診断がついて治療が開始される。 乳腺外科医が手術を担当するが、それだって麻酔科をはじめとした手術室の協力無くしてできない。

そして術後の正しい乳がん治療を行う上で、看護師の存在は不可欠だ。彼女らは、私と患者の間に立ち、抗がん剤治療など、辛(つら)い治療を受けている人への励ましを忘れないし、術後のリハビリや副作用への対応も速やかである。
さらには、「患者会」のメンバーも、心の支えになっている。だから私も患者さんも、安心して治療に臨める。乳がん治療には、心を通じ合わせるチーム医療が不可欠である。

当院は小さなクリニックだ。当然患者さんすべての要求をカバーできない。そこで多くの病院、クリニックと連携を結び、患者さんが安心して通院できるような地域のチーム医療の形成をはかっている。
がんの告知をうけると、患者さんは不安に苛(さいな)まれ、眠れない日々を過ごすこともある。そこに登場するのが精神科医である。乳房再建には形成外科医 が必要、生活習慣病対策もしなければならない。胃腸の検査も必要だ。その道の専門医が、二つ返事で本当に温かみを持って治療してくれている。
妻(美代子クリニック)の存在も、私に安心を与えている。「患者さんのために」を合言葉にしたチーム医療は今、地に足をつけて確実な歩みを始めている。「和」が「輪」になって。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年11月17日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その9

甲状腺の病気で命を落とすことはまれだが、患者は良性でも、不治の病を宣告されたように「私は大丈夫でしょうか?」と突然うろたえ、顔からは生気が消える。
私はコホンと咳払いをし、まじめな顔で「大丈夫ですよ。次の外来日は120歳になった時にしましょう。きっと私はいないので、別の先生に診てもらって下さいね」

乳がんとなると、そういう訳にはいかない。やはり病状に応じて適切な治療が必要だ。しかし、懸命に最善の治療を選択しても、命の炎が尽きてしまう患者がいる。ほとんど進行がんで見つかった人たちだ。 彼女たちの悲しみにあふれた目を、私は一生忘れないだろう。早期発見されていれば、今も私の外来で笑顔を振りまいているのだから。

しかし、残念ながら多くの健康?な女性は「私だけは乳がんになるはずがない」と確信している。実は健康な女性のほうが乳がんになりやすいという事実に耳を 傾けてくれたら、毎年繰り返される「乳がんですね。リンパ節に転移もみられます」「え〜!どうしてですか、私は今まで病気なんかしたことがなかったの に」。こんな会話が無くなるのに。

乳がん撲滅運動のシンボルマークであるピンクリボンをご存じだろうか。米国から始まり、日本でも10月をピンクリボンキャンペーン月間とし、東京タワーをピンクに電飾したりして、懸命に乳がんの早期発見の啓発運動をしている。
アメリカは検診率が60%を超え、死亡率が低下した。日本は10%足らずで、死亡数は昨年ついに1万人を超えた。皆望んだ死ではない。
視点を変えよう。男性諸氏に、愛する女性の背中を押して、正しい乳がん検診を受けに行ってもらおう。誰だって泣き顔より笑顔が好きなんだから。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年10月27日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その8

今週私に「和」の重要性を説いてくれた2人の先生に会ってくる。

霞 富士雄…癌研附属病院乳腺外科部長、乳がんの世界に足を踏み入れているもので、その名を知らないのはモグリである。卓越した技量に加え、抜群の記憶 力を武器に、新しい発想で乳腺学をリードしている。しかし、その素晴らしさは、学問だけではなく、その人間味あふれる態度にある。決して奢(おご)ること がない。患者にも、われわれにも。

沖縄で霞先生の講演に感銘を受け、勢いで上京し、アポ無しで乳腺外科研修を志願してきた向こう見ずの輩を、門前払いせず、先生自ら机とロッカーを準備し てくれた。お金もなく、厳しい研修ではあったが(1年で8キログラムも痩(や)せた)、寝ている以外は「乳がん」に対峙し、「乳がん」をひたすら追求でき たのは、霞先生のサポートがあったからこそである。
そして日本各地にいる若手の乳腺外科医の多くは霞先生の薫陶を受け今活躍している。その霞先生が、今週末を持って乳腺診療の一線から退くことになった。そ の最後の日、弟子たちの前で最後の講義をすることになっている。われわれは霞先生の「和」の心を次世代の医師と患者へ伝えなければならない。

堤 寛(ゆたか)…藤田保健衛生大学病理学教授、医学生時代、病理学教室に出入りしていた私に、病理の楽しさだけではなく、医師としての心得を、顕微鏡 をのぞきながら、時には冷や酒を片手に、熱く、熱く語ってくれた。先生は、病理医なのに、愛知県の乳がん患者の会の代表世話人をして積極的に活動してい る。その堤先生から突然「宮良、学生相手に講義してくれ」と連絡が入った。私は2つ返事で承諾した。講義の半分は「和」の重要性を語ってこよう。堤先生の 魂の代弁者として。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年10月13日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その7

医療の世界は、われわれ医師が、まだ中心にどんと構えて、「患者」中心の医療と言いなが らも、患者と同じ目線で話を聞いていないような気がする。しかし、病医院の中に患者会を作ろうとする動きがあるという。喜ばしいことである。乳がんの世界 から、患者の前に立ちはだかる壁に風穴をあけていきたい。

前回取り上げた「ぴんく・ぱんさぁ」が活動を開始した。第1号の情報誌発刊を記念して開いた講演会は、不慣れながらも懸命に全て自らの手で準備した。果 たして会場いっぱいに乳がん患者とその家族が集まってくれた。熱意は伝わるものだ。興奮した私も思わず講演時間を超過してしまったが、講演後も質問攻めに あった。うれしいことである。本当に患者さんは情報に飢えていた。これから本島の津々浦々まで、乳がんの正しい情報発信を目指す「ぴんく・ぱんさぁ」の活 動を、ワクワクしながら見守って行きたい。この熱い思いは多くの患者を惹(ひ)きつけて、きっと「和」を広げていくに違いない。

実は患者会は本島だけではなく離島にも存在する。石垣島には、方言で桑の実を意味する「ナネーズの会」が活動をしている。主治医は違っても、仲良く情報 交換会を開いている。今度の日曜日、石垣市民会館で、私のライフワークである乳がん講演会を新たな気持ちで再開する。運営を「ナネーズの会」に一任した。 どんな会になるのか、ワクワク、ドキドキしながら会場に出向こうと思う。

桑の樹は農家に無くてはならなかった。桑の実は、子供にとりおいしいおやつだった。きっとナネーズも八重山の乳がん患者のよりどころとなるだろう。そし て私は、今度の日曜日も「乳がんの早期発見を」と声を嗄(か)らして叫んでいるに違いない。台風が来なければ。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年9月29日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その6

「ぴんく・ぱんさぁ」。乳がん患者が自らの力で立ち上げたNPO団体だ。「和」その2 で、私のまわりには、多くの乳がん患者の会が存在し、活動していることを記したが、それぞれのメンバーは数人から10数人で構成されている。しかし、県内 では今や年間300人以上の乳がん患者が発生しているのだ。手術を受け、1人で不安と闘っている患者も少なくない。

治療法や術後の過ごし方、再発の問題など、「皆はどうしているのだろう?」 と相談したいことは山ほどあるのに、その受け皿がどこにあるのかわからない。医者に相談しづらいことだってあるだろう。また家族や友人も手を差し伸べたい が、小さな親切、大きなお世話になりかねない。

そこで、県内の乳がんを患った、女性同士のネットワークをつくり、「自分は 決して1人ではない!」という安心と、乳がんと闘う勇気を持てるように、また「乳がんの正しい情報と知識」を得ることで、不安感を拭(ぬぐ)い、笑顔で前 向きになれるようにと、患者の、患者による、患者のための「乳がん患者の会」が、今年ついに立ち上がったのである。それが「ぴんく・ぱんさぁ」。皆、仕事 や家庭を持ち、なかには抗がん剤治療を受けながらも、会設立に奔走した。私も陰ながら応援をしてきた。

「ぴんく・ぱんさぁ」は単なる親睦(しんぼく)の会ではない。患者の立場 で、自分たちの言葉で、わかりやすく乳がんの疑問に答えるQ&A集を作成している。また年2回、患者さんとその家族、友人を対象とした「乳がん」講演もあ り、今月25日(日)午後1時半よりてんぶす3階で私が露払いの役を引き受けた。はじめは小さい「輪」だが、熱意はきっと大きな「輪」となり、県内を「ぴ んく・ぱんさぁ」が疾走するだろう。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年9月15日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その5

医師と患者の関係は、人間性が希薄で仁術を忘れた医師の存在のためか、権利主張が当然のように振る舞う患者が増えたせいなのか、ギクシャクしてきているらしい。私には理解できない。

当院クリニックや、妻の美代子クリニックには、書道家の盛島清■先生の壮大な書が、患者を温かく迎えてくれる。その書をみるたび私は陰日向無く診療することの重要性を痛感する。私も末席に加えてもらっている「亜宝の会」からの贈り物だからだ。

「亜宝の会」。声に出して読むと少し違和感があると思うが、「亜」にはアジ ア(亜細亜)や次代を担う、との意味があり各界で活躍中の県内芸術家を中心とした親交を深める会である。現在新報ギャラリーで作品展を開いている陶芸の奥 原崇仁先生、7月に作品展を開いた玉城栄一先生(洋画)をはじめ、音楽家、琉球古典、舞踏家など多士済々の、心も一流の魅力ある先生方が名を連ねている。 芸術とはおよそ無縁な私が何故そこにいるのか。それはこの会を束ねているAさんとの出会いに遡(さかのぼ)る。私が出向中の病院で、まだ一般外科医であっ たとき、Aさんは他の主治医のもとで入院治療を受けていた。その時主治医をサポートした私の医療行為、言動を目の当たりにし、治癒後Aさんは私に声をかけ てくれた。そして無芸の私を魅力的な芸術家の「和」のなかへ引き込んでくれたのである。

医師は時として自分は偉いという錯覚にとらわれることがある。だから私は常 々「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を意識し、反省を繰り返す。そうすれば医師と患者は簡単に信頼関係を取り戻せるはずである。「和」ができるはずである。 私とA(新垣)さんと亜宝の会の関係のように。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

注:■は上から今酉皿

平成17年9月1日(木)
琉球新報夕刊掲載



乳がん検診・今昔物語

「 乳がん検診・今昔物語 」

早期発見、治療でほぼ完治

20歳以上の女性の皆さん。
今、乳がんは女性の23人に1人の割合で発生し、残念ながら女性に発生するがんのトップです。しかも、他のがんが減少傾向を示しているのに乳がんは年々増加してきているのです。そこで今回は私の専門である乳がん検診について話題を提供したいと思います。

乳がんは早期に発見し、かつ適切な治療を行えばほとんど治ります。しかし、自覚症状に乏しく、早期発見するには検診が極めて重要と言えます。皆さんが乳がん検診を受けているのは、当然早期発見を期待しているからですよね。

そこで質問です。皆さんが受けている乳がん検診とはどういうものですか。もしかするとお医者さん が、乳房を視て、触って、何もなければ「大丈夫ですよ」と言ってくれる視触診検査ではありませんか。「え!?、それが乳がん検診でしょう」と答えた皆さ ん、次の事実を知っていますか?
厚生労働省久道班が1998年「乳がん触診検診は『死亡率減少効果がないとする相応の証拠がある』とし事実上無効」と発表しました。つまりお医者さんがあなたの乳房を見て触る検査だけでは乳がんの早期発見は困難ですよと言っているのです。

事実、沖縄県の乳がん検診率は他県にくらべ高いのですが、残念ながら死亡率は減るどころか増えてい ます。せっかく勇気を出して乳房を触ってもらっているのにです。「それなら意味のない乳がん検診はもう受けない」などと投げやりにならないで下さい。乳が ん早期発見の方法は実はあるのです。

それはマンモグラフィー(おっぱいのレントゲン)検査と乳房エコー検査です。乳がん検診先進国の欧 米ではマンモグラフィー検査を導入し、そして乳がんの正しい治療を実施した結果、ここ数年乳がんの死亡率が下がり始めてます。これは早期発見されれば、乳 がんは治るという証拠です。厚生労働省も乳がん検診項目にマンモグラフィー検査を明記し、実際実施する市町村も増えており、県内にも専門施設がいくつかあ ります。自分の乳房を知る上で良い機会でもあります。

大事な乳房を守るためにも専門の検査技師、放射線技師がいる施設を訪ねてみましょう。早期発見は美容上もメリットがありますが、何よりも「命どぅ宝」を実感できますよ。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年8月31日(水)
沖縄タイムス掲載



「和」その4

乳がん治療は日進月歩の勢いで進化している。乳がんの教科書など出版された時はもう書いて ある内容が古いこともしばしばある。だから患者とその家族、そして私たちは二人三脚で、常に新しくて正しい治療を選択し、共に歩んで行く。そこには互いが すべてを出し切ったあとの、さわやかな信頼関係がある。

おっぱいにしこりを指摘され、組織検査を受けたあと、結果が出るまでの数日 間は、多分経験した人にしかわからないと思うが、それこそ針のムシロに座る思いだろう。結果説明の日、その不安な気持ちを察し、優しい医者を演じなければ いけないのに、心で詫(わ)びながら、患者にはいとも簡単に「乳がんですね」と告げる。「乳がんは決して大変な病気ではないんだよ」「あなたと一緒に闘っ てくれる仲間がたくさんいるんだよ」ということに早く気付いてもらいたいと思う親ライオンの気持ちになって、あっさりと奈落の底に落としてしまうのであ る。その日から本当の意味で二人三脚での闘いがスタートする。

「私はね、先生、変な話だけど、乳がんになって本当によかったと思っている よ」と外来で、話しかけられることがよくある。奈落の底から這(は)い上がってきた子ライオンたちだ(何故か親ライオンより年上)。乳がんである事実を受 け止め、人間はいつかは必ず死ぬという事実も認めた上で、前向きに乳がん治療を受け、人生を見つめ直した結果ではないかと思う。家庭や仕事も大事にしなが ら、仲間と集い、趣味やおしゃれを生き生きと楽しんでいる。そして彼らは私に続けてこう言う。「もし落ち込んでいる人がいたら、私を呼んでね。先生より何 倍も役に立つから」。この信頼関係は一朝一夕には築かれない。旧盆である。祖先に敬意を払い、万物へ感謝を捧げたい。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年8月18日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その3

「乳がん早期発見」。ライフワークの一つだ。早期発見された乳がんは、ほぼ治るので、検 診方法も医師が乳房を視(み)て触る検査(視触診)から乳房レントゲン検査(マンモグラフィー)や乳房超音波検査(エコー)へ移行してきている。理由は早 期発見率が明らかに違うからである。23人に1人が乳がんになる時代、多くの女性が、年齢や自分の乳房にあった正しい検査を受け、乳がん早期発見に努めて ほしい。切に望んでいる。

癌研乳腺外科勤務当時、もし乳がんが早期発見されていれば、年 間約4千人の患者が、さらに人生を長く過ごせたと試算がでた。年間死亡者の半数は救える計算である。ぜひとも乳がん早期発見の重要性を伝えなくてはいけな い。乳がん治療の実力をつけ、診察室であぐらをかいていても、世の女性に正しい知識と検診方法を理解させ、行動させなければいつまでたっても乳がんは早期 発見されない。

「そうだ講演をしよう」。4年前から市民会館や公民館を借りて 手作りの「乳がん市民公開講座」をはじめた。宣伝媒体の無い私は、地区の乳がん患者とその家族に応援を求めた。早期発見の重要性を身にしみて体験した彼ら は、治療中でありながらも懸命に協力してくれた。そのかいもあって故郷石垣市から名護市に至る11カ所の市町村で「あなたもわかる乳がんの早期発見方法」 をテーマにした講演ができた。この場を借りてあらためて感謝したい。

最近私は講演の終わりや外来で「5人以上集まって、部屋と1台分の駐車スペースがあれば講演しますよキャンペーン」を展開している。これまで数カ所出張したが、私自身も楽しんでいる。希望があれば皆さんもこのキャンペーンに参加してみませんか。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年8月4日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その2

乳がん治療はEBM(証拠に基づいた医療)である。EBMとは、世界の多くの患者が参加 した臨床試験を通して得られた、より有効で、最新の治療を沖縄の乳がん患者さんに提供する医療である。決して一人の医師の経験治療が通用しない世界であ る。しかし、どんな良い治療もそれを患者が理解し、前向きにならなければ机上の空論に終わる。

そこでEBMを実践するため、私が患者に求めているのは「笑 顔」と「感謝の心」である。英国では進行乳がんに対し、積極的に取り組んだ人は、そうでない人に比べ、はるかに生存率が高いというデータがある。日本でも 早期乳がんで前向きな人ほど再発率が低いというデータもある。だから私は患者さんには、いつもこう話している。「前向きになろうよ。笑おうよ。薬を飲むと きは感謝して飲もうよ。診察中は下を向かず、私の顔を見てよ」。いつか私の患者全員がオバーになって、オジーになった私に、「昔の治療は大変だったさー。 あの時先生の顔が鬼に見えたよ。でもありがとうね」と言ってもらえるように。

そんな私に強い味方がいる。「ハッピーライフクラブ」「ピーチ パイ」「ホッとする会」「芽々の会」「わ」その他名前のない会もいくつか存在するが、皆乳がん患者の会である。互いに連絡をとり、情報交換などで医療の質 を監視している。私はメール交換や、誘われた時は、ビール片手に乳がんの講義をする。なぜ私の味方か。乳がんと宣告され落ち込んでいる人や、治療法で悩ん でいる人、あるいは抗がん剤で苦しんでいる人に、経験を通して積極的に的確なアドバイスをし、今にも泣き出しそうな顔を「笑顔」にしてくれるからである。 ついでに私の自信も取り戻させてくれる。ありがとう。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年7月21日(木)
琉球新報夕刊掲載



「和」その1

単身乗り込んだ癌研究会附属病院乳腺外科、癌研究所乳腺病理で「乳腺学」の魅力を学んできたが、同時に真の意味で一 流と呼ばれる人は、学問だけでなく心も一流であることを痛感し、人間として礼節を重んじることの重要性を再認識した。帰郷後は「乳がん早期発見と正しい診 断・治療」をライフワークとしながらも「人間の心のつながり」を重要視し日常診察に取り組んできた。

「人間の心のつながり」とは、生まれた時から人はその方向性が決まっているのではもちろんなく、その歩みを続ける中で、当初は本当に偶然性のたかい出会い からの始まりが、互いを尊敬する中で、紆余曲折の人生を楽しく乗り切るために必要不可欠な存在となり、見えざる糸によって心が硬く結ばれ、切っても切れな い人間関係のことではないかと私は考えている。

田舎出身(実は私の本籍はあの小浜島)の私がはじめから医者を目指した訳でもなく、もちろん私が乳がんを専門にしたクリニックをオープンできたのも、そういった心のつながりがなくては成りえなかったわけである。

「南風」への執筆依頼があった時、乳がんオタクの私に本当に読むに耐えうる文が書けるのかなと一瞬迷ったが、二つ返事で了解した。どこかで人間は心のつな がりが大事なんだと言うことを、訴えたかったからだと思う。我々のクリニックは「和」を大切にすることをメーンテーマにしている。半年間皆さんと「和」の 正体を探して行きたいと思っている。

以前私の妻(美代子クリニック院長)が約二年間月一回連載記事を書いていたことがある。毎日の診察+家事をこなした夜中に文章を練っていた。妻のつめのあかでも少しなめながら私も眠い目をこすり続けたい。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年7月7日(木)
琉球新報夕刊掲載



求められるチーム医療のなかの医師像

「ちゅらさん」で有名になった小浜島(私の故郷)は,幼少時「医介補」が島の健康を守っていた。しかし、少しでも病が重くなると、ヘリ依頼や用船などできない時代なので、石垣島で医師の診察を受けるため、一日一往復の小船に揺られ通った。

その時、私の目には医師は全人格者であり、全島民の尊敬を集め、一人でどんな病気でも治すスーパーマンのように映った。

今、私は内分泌、特に、乳腺を専門に日常診療を行っている。乳がん診療は,一人の乳腺外科医だけで診断から治療を行うことは困難であり、他科の医師、技 師、看護師、患者がタッグを組み、病診・診診連携も組み合わせたチーム医療が不可欠で、昔のように一人の医師だけでは到底太刀打ちできない。

しかし、患者中心のチーム医療も、一人でも不心得者がいると、その結束はいとも簡単に崩れてしまう。それが医師であれば、なおさらである。それは患者さんへ正しく安全な医療が提供できないことを意味する。

医師は時代がどんなに移り変わろうとも、奢ることなく、礼節を重んじ、人間性に優れていなければならない。昔、私が信じていた医師のように。

私は約二十年続けた勤務医を卒業し、今年四月に乳腺専門クリニックを開設する。医の倫理綱領の【医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす】ことを肝に銘じ、「和,輪,環」を重んじるチーム医療を実践していきたい。

●宮良球一郎(宮良クリニック院長)

平成17年3月20日(日)
日本医師会ホームページ 「勤務医のひろば」掲載
 
 
 
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